伯爵令妹の恋は憂鬱
フリードは、トマスをマルティナの従者から外し、構想中の事業の手伝いをさせるつもりだった。
クレムラート家が出資者となって作ろうと考えている蜂蜜の加工会社だ。クレムラートにいる多くの養蜂家と契約し、品種ごとに加工を施し流通させる。当初はフリードとディルクだけで起業の準備をしていたが、蜂蜜の効能に目を付けたベルンシュタイン家のギュンターが出資を持ち掛けてきたので、共同出資会社として立ち上げる構想が固まったところだ。
トマスはベルンシュタイン家に顔が利くので、共同出資会社の顔としては適任だ。ディルクが指導してやれば経営も担えるだろう。
『その気があるなら、この仕事に取り組んでみないか。もちろん、軌道に乗るまではディルクが相談役としてサポートするから』
運も実力のうちだ。満を持して訪れたチャンスをどう転がすかで、トマスという男の実力がわかるというものだろう。
うまくすればトマスは経営者として成功できる。会社が軌道に乗れば、伯爵家の娘が嫁いでも何らおかしなことはない。
トマスをマルティナを娶るのに何ら不足のない男にするために、フリードは敢えてトマスをマルティナの従者からおろしたのだ。
この時点で、フリードはマルティナにも同じ説明をする気だった。だから数年辛抱しろと。
しかしそれを止めたのはトマスだ。
『そのお話は、ありがたくお受けいたします。……ですが、私がどこに行ったのかマルティナ様には教えないでほしいんです。マルティナ様は十六歳です。私に甘えてくれるのも、十歳も上の従者ならではの安心感からでしょう。そんな男に将来を縛られるのは、彼女のためになりません。私のせいで彼女の可能性の芽を摘みたくないんです』