伯爵令妹の恋は憂鬱



マルティナは執務室へ向かうまでの間に、これまでの自分を思い返していた。

なにも出来ない子供だったから、庇護者の言いなりにならざるを得なかった。
男装を強要した母にも、勉強や乗馬を強要した父にも。
嫌なことでもやらなければ、自分には生きている価値がないのだと思っていたから。

でもここにきて、トマスが言ってくれた言葉に救われた。

“あなたが好きなようにすればいいんです”

伯爵家に来てから、好きなものが増えた。女の子らしいドレスは大好きだし、歌も好き。裁縫も上手じゃないけれど好きだ。何より、トマスと一緒にいる時間が好きだった。心の底から安心していられる大切な時間だった。

伯爵の妹だから。だからトマスが一緒に居られないというのなら、一緒に居られるように変わればいいのだ。

(迷うことなんて、なかったんだわ。私の一番は決まってたんだもの)

トマスの傍にいたいのだ。
素敵なドレスも、トマスがそばにいなければ色あせて見える。
歌も裁縫も、彼を思い出して集中できない。

好きなものは、トマスがそこにいてくれたから増えたものだったんだ。


「お兄様っ」


執務室を、ノックもせずに開ける。フリードは窓辺によりかかりお茶のカップを傾けていた。


「お願いがあります」

「マルティナか。どうした? トマスのことなら……」

「違います。私を……、……私を勘当してください!」

「はっ?」


フリードが思わず噴き出した紅茶は、窓を薄茶色に汚した。

エミーリアめ、一体どんな助言をしたんだ。とっさに沸いた内心の恨み言を、フリードは口に出さないようにするので精一杯だった。

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