伯爵令妹の恋は憂鬱


これなら大丈夫だろう、とディルクは早々にトマスひとりに商談を任せることにした。
来週にはベルンシュタイン伯爵家に赴いてもらい、ギュンターと伯爵領での流通について協議することになっている。

一方、これまで使用人として人に仕えてばかりだったトマスは、自ら決定権を持ち自発的に動くのは不思議な感覚もある。ディルクには感心されたが、別にトマス自身に、人を思うように動かしている意識はない。目の前の相手が、どういえば納得してくれるかを考え、思った通りに言っているだけなのだ。

トマスが伯爵家を出て、この仕事に従事したのはすべてマルティナに見合う身分を手に入れるためだ。

家柄を持たない人間が伯爵家の令嬢を手に入れるには、成功者にならなければならない。
どんな仕事でもいい。成り上がりだと言われても構わない。一定の成果を上げれば、社交界にも呼ばれるだけの存在になれる。

実際、ギュンターの妻であるコルネリアの父は元商人だ。港を拡張し、国唯一の貿易港を整備した成果を買われて、伯爵位まで授与された。

二年やそこらで、そこまでの存在になれるとは思わないが、それでもやらないよりはマシだと思った。
トマスは、自分でも驚くほど、ミフェルの態度に嫉妬していたことに苦笑する。

これまでは、地位などに魅力など感じていなかった。
生まれから使用人なのだし、気の合う主人に仕えることは至上の喜びだ。運のいいことに、トマスの歴代の主人はみな、トマスの能力を評価し、重用してくれていた。不満などは何もない。
ただ、マルティナに求婚するためだけに、トマスは地位が欲しいのだ。

< 134 / 184 >

この作品をシェア

pagetop