伯爵令妹の恋は憂鬱



「では、また改めてまいります。よろしくお願いいたします」


現在養蜂家が持つ蜂蜜は秋の花のものだ。これから春の花が咲くまでは時間がある。この冬のうちに、販売経路を確保し、実際に蜜が取れるようになったタイミングでの出荷を図る。

契約農家を一通り回り、トマスは現在の居にしているディルクの屋敷へと戻る。

と、屋敷から馬車が出てくるのが見えた。見覚えのある馬車はクレムラート伯爵家所有のもので、トマスは一瞬ぎくりとして馬を止めた。しかし、馬車はトマスを気にすることなく立ち去っていく。

気を取り直して正面を見たとき、門のところに女性が後ろ向きで立っているのに気づいて、息をのむ。

防寒用のマントのせいかぼってりとした小さなシルエット。四角い大きなカバンと対照的な丸いものを抱えている。


「く……ま?」


抱えられた丸いものは、ふわふわのぬいぐるみだ。
トマスは目を疑った。彼女がいるなどあり得ない。だってフリードには内緒にするように言ったのだ。トマスの信頼する伯爵は、そのあたり口が堅いはずなのに。

シルエットがこちらを向く。ダークブラウンの髪に、白い肌。白い息が彼女の顔の周りで踊っている。


「ま、マルティナ様?」


まだなのに。彼女を迎えに行けるだけの立場を手に入れてないのに。
それでも彼女がそこにいたことに驚きすぎて、我を忘れて駆け寄っていく。


「トマス!」


彼女のほうは、トマスを潤んだ瞳で見つめた。

ぬいぐるみを抱えるという子供らしい仕草ながら、その表情は恋を知った女のものだった。久しぶりに会ったこともあり、トマスは動悸が止まらず、ごまかすようにそっぽを向いて、近くにいた庭師に馬の手綱を頼んで、自分はマルティナのもとへ駆け寄った。

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