伯爵令妹の恋は憂鬱
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新築してまだ一年とたたないドーレ男爵邸はそこここから木のにおいがする。
入ってすぐの玄関ホールは広く、マントルピースの暖炉が備えられている。その周りにはソファが置かれ、ここでもくつろげるようになっている。一般的なカントリーハウスといった作りで、一階の奥には温室もあるのだそうだ。
今日は、ホールからすぐ右手にある応接室に通された。
「それにしても、よくフリード様が許しましたね」
「お姉さまが味方になってくれて」
「ああ。エミーリア様ならやりかねない」
ディルクにまでそういわれるかつての主人を思い出し、トマスは思わず苦笑した。
そして隣に座るマルティナを改めて見つめる。動きやすいワンピースに、鞄一つの荷物とぬいぐるみ。今の彼女の風体は、伯爵家の令嬢というにはあまりにもみすぼらしい。
「ディルク様。私もトマスと一緒に働かせてください。今はまだなにも出来ませんけど、いつか役に立つようにしっかり仕事を覚えますから」
「本気ですか? マルティナ様」
「私はもう“様”なんてつけられる人間じゃないんです。……本当は最初からそうだったんです。お兄様の妹でいるのはとても幸せでした。でも、本当は私生児なのに伯爵の妹と呼ばれるのはみんなを騙しているようで心が苦しかった。……今ようやく、肩の荷が下りた気がしているんです」
これでもう、誰のことも騙さなくていい。それは、マルティナの心を開放させていた。
ディルクは少し困った様子だったが、頷いた。