伯爵令妹の恋は憂鬱
「ト、トマス?」
「嫌いになんかならないよ。……ごめん、俺、何か不安にさせたのかな」
気を取り直したようにトマスが聞いてくるので、マルティナは焦って弁明する。
「ううん。そうじゃなくて、私が、あんまりにもなにも出来なくて情けなくて」
「なにも出来ないことないよね。マルティナは毎日努力して、少しずつ成長している。こんな風に手にバターの香りが染みつくほど、毎日練習して、パイだって上手に焼けるようになったんだろ?」
「それは……」
「分かってるよ。分かってるんだ。俺はそういうマルティナを大事にしたくて。……でも、たしかに一つだけ不満はある」
「えっ」
怯えたように顔を上げたマルティナは、必死に彼の首にしがみつく。
「言ってください。直します。なんでも頑張りますから、嫌わないで……!」
マルティの涙が、トマスの服の肩口を濡らしていく。
泣かせてしまっているというのに、かわいくていじらしくて、トマスは顔がにやつくのを止められない。
(ああ、ごめん。泣かせてるのに喜んでしまって)
「違うんだ。……マルティナは何も悪くないんだけど。……こうして傍にいると、俺がわがままを言いたくなっちゃうんだよ。我慢しなきゃいけないのは分かってるんだけど」
「わがまま?」
次の瞬間、マルティナはベッドに倒されていた。
目の前に、トマスのたくましい胸がある。
彼は顔を見せないようにしっかりと胸にマルティナを抱き込むと、早口で言った。