結婚しても恋をする

宮内課長は、入社した頃に課長代理として同じビルで働いていた。
黙っていれば男前なのだが関西出身なのもあってか、飾らない気さくなキャラクターで人を引き寄せる、よく笑う人という印象を持った。

現在、推定年齢40代後半。31歳のわたしよりも15歳前後年上なわけで、紛うことなきおじさんだ。
しかし若く見えるとあって、当時から妻子を持っていたものの、独身だったわたしは一方的に密かな憧れを抱いていた。
とは言え、勿論何か行動するでもなく、時折こっそりと観察する、ただそれだけ。

1年程で異動となってから、課長として隣の部署に戻って来たのが2年前。
丁度、郷ちゃんとの結婚話が進んでいた頃で、当然ながら然して気に掛けたこともなかった。

昨年に一度だけ有志の飲み会に登場した課長と、たまたま隣の席になった。

『藤倉さんの実家、俺んちの近所やで』
『えっ、そうなんですか? 緑地の近くですか?』

酒の勢いで話を弾ませてしまっただけで、意識することもなかった……はず。


何故だか課長との想い出を振り返りながら、消化器内科の診察室のドアを開けた。

「あ~……胃か十二指腸から出血してた可能性ありますね~」
「えぇっ……」

「妊娠の可能性は……なしですね?」

症状の打ち込みを終えると、問診票に目を通しながら先生が尋ねる。

「……はい、多分……」
「可能性あるの? それなら抗生剤は止めておきましょう。酒、辛い物、脂っこい物、冷たい食べ物、禁止ね~」

「……」

確かに生理が遅れてはいるが、ストレスが溜まるとすぐに止まってしまう体質なので、然程気に留めていなかった。

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