結婚しても恋をする

──わたし、一体何を期待してたの?

何もあるわけないじゃないか……瞼を伏せるとやや離れた前方から、砕けた雰囲気の笑い声が届いた。
聞き覚えのある低い声に、恐る恐る顔を上げる。

宮内課長が同じ業務統括課の契約社員の女性と、楽しそうに談笑していた。
整った顔をくしゃっと崩して、口元からは白い歯を覗かせている。


あの笑顔、欲しい


映った光景が焼き付いて目を離せずに、理性とは別のところから感情が溢れ出してしまいそうだった。
冷や汗を流すと、身を竦め手元のファイルに視線を落とした。

ずっと忘れていた心の機微が蘇った。

恋とは振り回されるもの。ドキドキ、キュンキュンの裏側は、ハラハラ、ズキズキ。

朝から全く目が合っていないことを、薄々感じていた。
白々しく書類を繰って、探し物をしている振りで落ち着きを取り返そうと試みていた。

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