結婚しても恋をする

生まれてこの方、初めてひとりで美術館へ入った。
然して詳しい訳ではないが、絵画や彫刻を見るのは好きだ。
ひとり映画もひとりライブも平気で行くものの、展覧会にそこまでの興味はなくいつも友人を誘っていたが、職場の近所に呼び付けるのも気が引けていた。

夕方の時間帯は人も少なく、緻密な絵画の細やかな表現力に感嘆の溜息を漏らしながら、自棄になっていた心が洗われていくのが解った。
寂しいものかと思ったが、マイペースに好きなだけ堪能出来る時間と静まった空間が、心に沁み入るようだ。
展示場を後にする頃には随分と癒されて、目に映る世界まで澄み渡ったように思えた。

勤務先を出てから1時間余り、腕時計を見遣るとじきに19時を迎える。
さて、どうする。幾らか落ち着きを取り戻したのだから、このまま何事もなかったことにして帰路に着くのか。
再び会社の前を通り過ぎ、ひとまず駅へと歩を進める。
普段と同じ道なのに、人は疎らで連なる店は夜の賑わいを見せ、その灯りが美しく街を彩っている。

いつもの路地裏に視線をくれると、しゃがみ込む人影が見えた。

猫。……と、おじさん。

今日は一体どういう日なのだろうかと、不思議な気分に囚われた。
誘われるように、ゆっくりと足が前に出る。
声を掛けずにはいられなかった。

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