結婚しても恋をする
すると突然頭上から落ちた水滴を感じ取った。
雨がぱらつき始め、途端猫は逃げ去ってしまう。
折り畳み傘を取り出すと、宮内課長が肩に付いた雫を払っている。
「……課長、傘ないんですか?」
「あぁ、小雨やし大丈夫やろ」
そう言っている間にも雨は勢いを増し始めた。
開いた傘の柄を頭上へと伸ばすと、遠慮を示す手振りをする。
「そこで雨宿りして帰るし」
「……あ……そうですか……」
指差した先の居酒屋へ身体を向けた課長を、後ろ髪引かれる思いで見ていたら、その足が止められた。
「……帰らへんの?」
「……か……」
合わさった眼差しに吸い込まれそうな感覚に陥り、声が震えないよう気を配った。
しかし“帰りたくなくて”と浮かべた言葉は、口に出来なかった。
「……帰っても主人が居ないので……」
どうせ帰るか迷っていたからと心で言い訳をして、嘘を吐いてしまった。
前の人が、僅かに考える素振りを窺わせてから、静かに告げる。
「……藤倉さんも、来る?」