結婚しても恋をする
大衆居酒屋の暖色灯の下、カウンターに並ぶ現状は、わたしの夢の中ではないだろうかと考えた。
だが、テーブルの木目の手触りや、肘が触れてしまいそうな間近にある課長のYシャツの袖口、そこに覗くごつごつした手に、妙にリアリティを感じた。
緊張を持った身体に空気が纏わり付いて、眩暈を起こしそうな錯覚を抱く。
ドリンクメニューに視線を落としてから、優れない健康状態に思い当たり、しまったと冷や汗を流した。
先刻からまたしても身体を蝕んでいる腹痛が気に掛かるところだが、少しなら良いだろうか。
思い悩んでいると、横の人がカウンターに体重を預け口に出す。
「どないしたん。……体調か?」
「……いや……」
即座に眉根を寄せて、咎めるような眼差しに変わる。
「治ったんちゃうんか」
「ほぼ治りましたっ! 大丈夫です!」
耐え切れず瞳を逸らし、威勢よくドリンクメニューを持ち上げ明るく振る舞う。
「顔色も良うない気すんな。また悩んでんちゃうやろな」
「……えーっと……」
まさか人生に絶望してましたとも言えず、身を竦めて返事を捻っていると、隣の人がさらりと思い掛けない台詞を吐きながら手を挙げた。
「こんなおっさんに付いて来るって。相当参ってんか? 仕事」
「おっ……」
反論するべく開き掛けた口はやって来た店員に遮られ、生ビールを注文するとわたしへ目で訴えた。
梅酒やサワーの方が可愛いだろうか、それとも同じビールなら付き合いが良さそうだろうかと、僅かな時間頭を回転させる。