結婚しても恋をする

振り向くとわたしの旦那が、真剣な眼差しで様子を伺っている。
予期せぬ事態にたじろいで、後退りでもしたい衝動に駆られたが我慢する。
心を尽くして、必死に言い訳を探した。

「なんか酷いことされたの? 俺」
「…………」

だから度胸がないと言ったのに。隠し通せないなら、浮気なんてする器ではないのだ。

大きな瞳から目を逸らせずに、足元が崩れ落ちそうな錯覚に陥る。
逡巡したまま返事を声に乗せられずにいたが、すぐ顔に出るので不安が表れてしまっているだろう。

「……ごめん……郷ちゃんの分のチョコレート……食べちゃった……」
「えぇ~! いーよー」

苦し紛れの言い訳を絞り出し、いつもの調子でへらっと笑って見せると、あっさりと飲み込んでくれた。

「何だそんなこと? もっと何かあるのかと思った」

……信じた……?

疑いが払拭されたのかどうか、釈然としなかった。
しかし彼が詮索をしないのであれば、絶対に知られないことが礼儀ではないか。

余程打ち明けて楽になりたかったが、そんなものは自分がすっきりしたいだけのエゴだと解っていた。

郷ちゃんの浮気についての価値観は知らない。
だけど、この人は何も知らなければ、きっとこれからも幸せに過ごせるのだ。

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