結婚しても恋をする
「……俺は家族が大事やし、藤倉さんだってそうやろ? まだ新婚やろ、自分」

声が震えないよう気を張り詰め、軽く掌を握って返事を絞り出した。

「……はい……わたしも、主人が大切です……」

俯けていた顔をどうにか課長へ向けて、笑顔を繕った。
最後に微かに口の端を上げて見えた顔は、何処か物悲しさを帯びている気がして、切ない気持ちに囚われた。


──男の人だけど、大人なんだ。
わたしと違う、大人だから……怖気付いたことを気遣って、敢えて突き放したのではないか。
これはきっと、課長の優しさ……そう感じたと同時に、わたしとの関係を背負わないという意思表示にも思えた。


心に鬱積した台詞は呑み込み、黙って頭を下げてから背を向けた。

『わたしのこと、本当に何とも思ってないんですか?』

そんな子どもじみた台詞は──

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