結婚しても恋をする

唇を合わせたあの一瞬、心が通った気がした。
だけど人生には、知らない方が幸せな真実、開かなくて良い扉、明らかにしなくて良い心があるのだ。
それでいい。


「──あ、郷ちゃん……」

幾度も触れ合った唇の隙間から、絡み付いてくる舌を受け入れる。
服の上を這っていた指先が部屋着の中へ潜り込むと、熱を持った身体を甘やかに溶かして行く。

黙って見下ろす濡れた大きな瞳と、腰に触れる掌に捕えられ、胸が締め付けられた。

「は……っ」

わたしは今日も平然とあなたに抱かれて、甘い声を漏らす。

こんな狡くてどうしようもないわたしに笑い掛けてくれるあなたが、それでも大切だから。

一緒に居る資格はないかもしれない。
それでも郷ちゃんと生きて行くという選択をしたのだから、反省して優しくなりたい。
良い関係を築くことで返したいけれど、やっぱりそこまで人間出来てない。


「片田様……ですよね。ご予約頂いてないようなんですがー……」

出迎えたウェイターが困ったように眉を下げる。
こぢんまりとした隠れ家レストランから、寒空の下追い出されてしまった。

「……ないっ! 恥ずかしいっ!! 一体、何処に電話掛けたわけ!?」

初デートなら明らかにフラれるレベル。
嬉々として外観をカメラに収めた、あのひと時を返してくれ。

「おかしいな~……此処に掛けたと思ってたんだけど~……」

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