扉の向こうはいつも雨
「今まで大切に育ててくれてありがとうございました。
 桃香は樋口家の長女として立派にお勤めを果たします。」

 白い着物に身を包んだ桃香は両親の前で三つ指をついて頭を下げた。
 世間的にはお嫁に行く娘。

 けれど誰も晴れやかな顔はしておらず重苦しい空気が辺りを覆う。
 母は泣き腫らした目をしていて、父も今日ばかりは泣いている。

「桃香。綺麗よ。」

 絢美が涙でぐちゃぐちゃになった顔で言った。
 マセてると言ってもまだ小学1年生だ。
 今日は泣いてくれるんだとどこか他人事のように絢美へ微笑んだ。

「じゃ行くね。」

 儀式へは遠い親戚が連れて行くのが習わし。
 家族とはここでお別れだ。

 鉛のように重い体を両親と、それに絢美にも悟られないように立ち上がって歩き出す。
 儀式の場所までは車で行かなければ行けない遠い場所。

 毎年、毎年、同じ。
 白い着物を着て、車に乗る。
 だから今日も同じ。
 ……もうここには戻って来れないけれど。

「桃香!!」

 急に駆け出した絢美が抱きついた。
 そんなこと今までなくて驚いて目を丸くする。

「行っちゃヤダよ。
 死んじゃヤダ。死んじゃダメだよー!」

 しがみついて泣き喚く絢美を親戚の人達が引き剥がそうと手を伸ばす。

「ダメよ。絢美ちゃん。
 あなたにまで天罰が下るわ!」

「ヤダ!ヤダ!」と暴れる絢美に呆気に取られていた父も母も桃香にしがみつく絢美を引き剥がした。
 その時に差し出された父の手は震えていた。
 それを見ないように顔を背けた。

「桃香。頑張ってらっしゃい。
 あなたは我が家の誇りよ。」

 最後に微笑んだ顔の母に見送られ、とうとう家を出た。
 いつも泣いている母の最後の笑顔。

 車に乗るとうずくまって嗚咽を漏らした。

 理不尽だ。こんなこと嫌だ。
 そう言って泣きたかった。





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