蜜月オフィス~過保護な秘書室長に甘やかされてます~
「言われなくてもすぐに帰ります。私は忘れ物を取りに戻っただけですから」
「そうですか……バッグを……」
「違います! 財布です!」
「どっちもどっちです」
「確かに!」と言いそうになるのをなんとか堪えて中條さんをにらみつけると、彼は心配そうに私を見つめ返してきた。
「昨日はスマホをお忘れになっていましたね。日頃なにかと抜けていらっしゃいますから心配です。家の場所は覚えていらっしゃいますか? 最寄り駅は? ちゃんとひとりで帰れますか? なんなら家まで送って差し上げた方が……」
「けっこうです! 失礼します!」
このまま小馬鹿にされ続けてしまうような気がして、私は慌てて彼の言葉を遮り、足取り荒く歩き出した。
「花澄さん」
彼の横を通りすぎた瞬間、名前を呼ばれた。
絶対に振り返らないつもりだった……そのはずだったのに、いつもより優しく聞こえた中條さんの声に心が反応してしまった。
自然と足が停止し、胸の高鳴りと共に振り返ると、中條さんの口元がわずかに弧を描く。
「お気をつけて」
優しさだけじゃない。不敵な笑みと共に発せられた低い声は、ほんの少しの甘さを含んでいた。
中條佳一郎。
最初に彼を見たのは、私がまだ大学生の時だった。