SKETCH BOOK
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「何すんだよ!」
それは思いもよらないタイミングで起こった。
九月から産休に入った美術の
金子先生の代わりにやってきた、
山根先生の授業でのこと。
橙輝の声が上がったのは
ちょうど授業も中盤にさしかかった頃だった。
「橙輝……」
「返せよ」
「えーっと、お前は確か……
鳴海橙輝だな。
お前、何を描いている」
山根先生はねちっこい性格をしていると
噂が立っていた。
そんな先生に目をつけられた橙輝。
先生たちはみんな橙輝には何も言わず
触れずの状態だった。
それなのにこの新任の先生だけは違った。
九月にやって来てすぐに
橙輝に目をつけたんだ。
今もこうして
橙輝のスケッチブックを取り上げてしまった。
「困るな。授業で勝手なことをされては」
「それならもう終わってんだろ」
「だからと言って
勝手なことをしていい理由にはならん」
「いいから返せよ」
「ダメだ。没収だ」
橙輝からスケッチブックを取り上げるなんて。
それは橙輝の大事なものなのに。
麻美さんの思い出が詰まった、
大事なスケッチブックなのに。
橙輝は舌打ちをして机を蹴り飛ばした。
イラつくのも無理もない。
だってそれは誰も触れちゃいけない、
橙輝だけのものだから。
先生はそのまま他の生徒の見回りに行ってしまう。
場は凍り付いたまま、授業は再開した。
橙輝はずっと先生を睨みつけていた。
それでもスケッチブックが返ってくることはなく、
授業は終了した。
「橙輝。どうするの」
「どうするもこうするも、
しょうがねぇじゃん。どうしようもねぇよ」
授業の終わり、あたしが話しかけると、
橙輝は少し苦笑いして言った。
橙輝、傷ついてる。
こんなに苦しそうな顔するなんて。