SKETCH BOOK
「ごめん、なさい……好きじゃ、ない」
「うん」
「あたしは、橙輝が」
橙輝のことが……。
「好き、なの」
「うん」
涙がポロポロと零れ落ちる。
言った。
言ってしまった。
今、浩平の手を離してしまった。
あたしはもう、真っ直ぐには歩けない。
浩平はゆっくりと頷いて、
あたしの頭に手を置いた。
「やっと認めた。それでいいんだよ。
それでいいんだ、梓」
「ごめんなさ……」
「うん。大丈夫。短い間だったけど、
梓の彼氏として隣にいれて良かった。
ありがとう、梓」
きっと、浩平はあたしと
出会わないほうが良かったと思う。
そうすればこんな思い、
しなくて済んだのに。
でもきっと、浩平は
あたしと出会えてよかったと言うだろうな。
そういう人なんだもんね。
どこまでも優しくて、
どこまでも素直な人だもんね。
浩平はあたしの頭から手を離して、
それから言った。
とても震えた声で。
「さよなら。梓」
短い言葉があたしの胸にすっと入ってくる。
浩平と離れた途端、眩暈がした。
これから起こる不安や恐怖が
一気に襲ってきたみたい。
綱渡りの最中に手を離されて、
あたしは今とてつもなくグラグラしている。
でも、これがあたしの選んだ道なら、
浩平に恥じないような生き方をしたい。
さよなら、浩平。
あたしなんかよりももっといい人を見つけて、
そして恋をしてください。
浩平が浩平のままでいられるような、
笑顔でいられるような人と一緒に幸せになってね。
浩平に勇気をもらった分、あたしも頑張るから。
本当に短い間だった。
あたしは浩平を傷つけてしまった。
だけど、浩平のおかげで
自分の気持ちを整理することが出来たの。
あたしは、橙輝が好き。
好きでいてもいいんだ。
傷ついてもいい。
泣いてもいい。
叶わない恋でもいい。
ただひたすら橙輝のことを想うと誓った、
そんな日だった。
目を閉じると、
橙輝の描いた絵が浮かんできて、
泣きそうに笑う橙輝の顔を思い浮かべていた。