今夜、シンデレラを奪いに

10 ガラスの靴の罠

表に停めてあった車に乗ると、このまま待っているように言われる。しばらくすると戻ってきた真嶋の手には、カフェで買ったのかテイクアウトのコーヒーが二つ握られていた。


「疲れたでしょう。まずは一息入れてください。」


「ありがとう、真嶋のくせに気がきくね」


「………随分な誉め言葉ですね」


「嘘、嘘。冗談。その顔が見たかっただけ。やっぱり真嶋は仏頂面してるのが一番真嶋っぽくて落ち着くから。」


「それも随分な感想ですが」


ますます非難めいた視線を送る元部下の様子に、泣き出したくなるような懐かしさを感じる。


「でも言ってくれればコーヒーくらい私が買ってくるよ。

こんな人の多いお店で真嶋が買い物なんかしたらキャーキャー言われて大変そうだし、

ええと………知らなかったとはいえ副社長に買い出しをさせるのは気が引けるっていうか…………」


「そういう気遣いは要りませんよ」


真嶋はクスッと笑ったけど、笑い方が酷く淋しそうに見える。一瞬でも真嶋のことをお偉いさん扱いしたことを後悔した。


「それでいいなら…………私もその方が気が楽だけど」


「だいたい、その格好のあなたに外を歩かせるわけにはいきません。言っておきますが少しも似合っていませんからね。恐ろしく悪趣味ですから、二度と着るな」


「分かってるって、こういうのが似合わないっていうのは!」


「それを聞いて安心しました。目に毛虫が乗っているような化粧も落とした方が良いと思いますが、コンタクトレンズだけでも今すぐ外して下さい。目が合うと違和感があって気持ち悪い。」


気持ち悪いとまで言われると思わなかったので多大なショックを受けつつ、しぶしぶとコンタクトを外す。他のメイクはともかく、これだけは目が可愛くなったように見えてお気に入りだったのに。



自分のことを好きだと分かってる女に対して、こうもズケズケと外見の文句を言うなんて酷くないかな?

それともまさかさっきの言葉じゃ好きだと伝わってないとか……情に厚い元上司だと思われてる可能性も無いとは言えないような…………。


運転をする真嶋の横顔をじっと見ながら悶々と考えていると、「どうしましたか?」とこっちを見られる。いつもと同じように見えて少し違う、冴えざえとした迫力を増した美貌。


真嶋の名刺に書いてあった副社長の肩書き。オーク財閥というキーワード。それから、どうして自分の正体を隠すのか。

聞きたいけど、聞いてはいけないことのような気がして言葉が続かない。
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