漢江のほとりで待ってる
「何で五年前に記憶が戻ったんだろう」
由弦は言った。
「医師の話では、あまりにもショックな出来事や耐え難い事実、痛みを軽減させるため、事故の記憶などをふさいでしまおうとする、防衛反応の一つだと、恐らく、その二十の頃が一番輝かしく、生きがいを感じていた時代だったのではないかと言っていた」
一条が答えた。
「だからって一番大切な人との記憶まで排除してしまうなんて……」
「それほど、ショックな出来事だったんだ。身内に殺されかけたんだ、そうなっても当然だろ」
「はぁ~、で、その美桜は今どこで何をしてんだ?」
「お前が失踪して以来、連絡を取ってないから分からない。あいつのことだから、またひょっこり顔を出すんじゃないか?ま、あいつはあいつなりに反省してるんだろうけど」
「そうだな、美桜なら大丈夫だろう」
「それよりも、ホントにもういいのか?青木さんのこと。今ならまだ間に合うかもしれないぞ?」
「何だか、裏切られた思いだ。その話を聞くまでは、純粋に彼女に幸せになってもらいたいと思った。でもさっきの話じゃ、昨日まで一緒に逃げてた人が、手のひら返すように、オレを殺そうとした相手に寝返った。何で?オレは死んでたかもしれないのに。生きてるからもう平気じゃん!ってこと?オレの彼女だった珉珠さんは、仮にもオレを殺そうとした兄貴を許せるんだ?支えられた?オレにしたら、やっぱ元々から兄貴のことを好きだったとしか思えない。だから簡単に許せるんだろ?オレに、愛してるとか言っておきながら、オレのことは簡単に忘れられるんだな。兄貴のことは忘れられない人だから、忘れるためにオレとつき合った!オレは忘れるための道具じゃん!」
「それは違うと思うぞ!事故当時、いつも毅然としていた彼女が、見ていられないほど、弱っていたんだ。お前のことどれほど心配していたか、お前には分からないだろ?それに現に彼女は辞表を出してるはずだ。だからお前に付きっ切りで看病してたんだ。彼女の心理は本人にしか分からないけど、あの時は確実に、誰よりもお前のことを思っていたのは間違いない!許せる、とかじゃないんだと思う」
「オレは……許せない。何もなかったように接する父さんも兄貴も、義母様も。オレを殺そうとした椎名おじさんも!……オレを手放した珉珠さんも」
「高柳……」
由弦は初めて怒りを露わにした。
一条は、由弦と珉珠の関係を素直に話さなかったことに、深く後悔をしていた。