漢江のほとりで待ってる

専務室に戻った由弦。

稟議書に、判をついていると、甲斐の名前が目に飛び込んで来た。

よく見ると、起案者名の所に「甲斐愛梨」と書かれてあった。

承認の所には、ちゃんと江南課長の捺印もされていた。

予算の所を見てみると、金額は結構大きいものだったが、甲斐自身の説明や、承認者の意見などを見てると、先を見越せ、高柳グループのイメージアップも図れ、納得させた。

―――― 色んな山を乗り越え、ここまで辿り着いたんだな。甲斐さん頑張ってんだ。

稟議書作成一つにしても、江南課長に怒られながら、何度も書き直してる姿が目に浮かんだ。

彼女の成長に微笑ましく思った。

そこへ珉珠が呼びに来た。

「専務、お客様がいらっしゃいました」

前とは違い、一切笑顔を見せなかった。

応接室へと移動する由弦のあとを、珉珠は歩いていた。

横手の通路に差し掛かった時、いきなり由弦に腕を掴まれ、壁に押し当てられたあと、両手を羽交い絞めにされて、珉珠は身動きが取れなくなった。

突然のことに驚く珉珠。

珉珠の腕時計が変わっていることに気付く。

「叫べば?」

抵抗する珉珠に由弦が言った。

「……!!」

手を解こうとしても外れない。

「叫んで人呼べよ!そうすりゃオレを首に出来るだろ?」

「やめてください!専務!お客様がお待ちです!」

「自分の大事なものを取り返すだけなのに、何が悪い?兄貴もオレから大切なものを奪ったんだ、虚しさ、屈辱、その絶望感、全部味合わせてやる!せいぜいあんたの大切な、近未来の旦那様を守るんだな!」

そう言うと手を解いてやった。

珉珠は眉をひそめた。

「殴れば?またあの時みたいに!」

由弦は頬を突き出した。

珉珠は由弦を切なげな目で見た。

その顔を見た由弦は、鼻で笑って応接室へ向かった。

取り残された珉珠、驚いたものの、不思議と嫌じゃなかった。

―――― 由弦だから?まだ好きだから……?自分のものを取り返す!?由弦まさか記憶を!?

色んなことを考えながら、平静を装って、珉珠は応接室に向かった。

珉珠は由弦が何を考えているのか、心理も行動も読めなかった。

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