恋するダイエッター
さっき食べた“ところてん”も例外ではない。もう一度食べる?とその文字を思い切り輝かせている。

「……。」


人差し指を突き出し、“ところてん”の上で燦然と輝く”チャーシューメン”と一番下の“大盛り”のボタンを押した。

無機質な機械音の後、紙が静かに券売機の下の方から吐き出されてそれを手にする。そのまま食堂のおばちゃん達の所へ向かった。


「宜しくお願いします。」

食券を目にしたおばちゃんが私に笑顔を向ける。


「あら!真由ちゃん!ちょっと待っていて?」


作り始めて数分、チャーシューメンの大盛りを持って来た。


「真由ちゃんが最近、食欲が無いからって皆で心配してたのよ。」

食堂のおばちゃん達にもそんな風に私は周知されていたんだ…。


「真由ちゃんて、本当に美味しそうに食べてくれるから、嬉しいのよね!」


こうやって喜ぶ人がいるならば私も多少は世の役に立っているって事だよね。


改めて、チャーシューメンに目を落とした。

白い湯気が立ち昇る丼で黄金色のスープが、油をまとい艶を持った麺とチャーシューを包み込む。


うん、チャーシューメンを美味しく頂こう、精一杯。


おばちゃんに軽く会釈をし、トレーを持ち上げて机を探そうとしていたら後ろから声を掛けられた。


「真由子さん。」


声の主が佐竹だと言う事は振り向かなくても分かる。


先ほどのやり取りと田井中課長の真実で出来れば会いたくなかった人。
けれど、ここまで来るともうどうでもいいやと言う思いの方が強くて、普通に「どうも」と振り向いた。

瞬間、隣に皆川さんも居るのに気が付いて、聞こえないフリをすれば良かったと後悔をした。


だってこの心理状態で、“2度目の昼御飯”と言う恥ずかしい姿を綺麗女子に見られるのは、どう考えても惨めだ。


「武田さん、今からお昼ですか?あれ?でもさっき食べてませんでしたっけ…ところてん。」


皆川さんのチワワの様な大きい目がぱちくりと瞬きを繰り返す。その後、キョトンとした表情が含み笑いに変わった。



「もしかして、足りなくてまた来ちゃったとか?
凄いなあ…私だったら絶対恥ずかしくて出来ないな。ところてん食べた後にチャーシューメンて…明らかに欲求に勝てませんでしたって言っちゃってるようなもんだし。しかも大盛り!それ自体も恥ずかしいっていうか…」


クスクスと可愛く笑う皆川さんに私も「そうだね」と笑顔で答えた。


だって田井中部長の真実を知り、私を打ちのめした佐竹にこんな光景を見られた今、絵にかいた様な『デブの大盛り』を指摘された所で惨め過ぎて笑顔を作る意外術なんて見つからないもん。


「佐竹くん、行こ?まだ話しが途中だし。武田さんのお昼を邪魔したら悪いよ。」


けれど、踵を返した彼女に佐竹は習わなかった。


「皆川さん、悪いけど話しは終わり。俺は真由子さんとここに残る。」


皆川さんの顔から笑顔が消える。

対照的に佐竹はいたって穏やかな笑みを浮かべ、私のトレーを持ち上げた。


「女の人が沢山食べるのって魅力であって恥ずかしい事じゃないと俺は思う。皆川さんとは価値観が合わない。そう言う人と一緒に居ても楽しくないから。」


呆然と立ち尽くしている彼女を残して、ところてんを食べた時と同じ柱の影の席にさっさと歩いて行く佐竹。それを慌てて追いかけた。
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