敏腕メイドと秘密の契約
"あー、幸せ"

シャワーを頭から浴びながら天音は感慨に浸っていた。

人によっては、迷惑となる二人の"悪癖"が、思わぬ形で二人を結びつけるきっかけとなってくれた。

飲みに行った帰り、酔いつぶれた天音を介抱した友人はは、"このキス魔が!"と言って、揃いも揃って愚直をこぼす。

女友達や知人の女性には歓迎されたが、なんとも思ってもいない女性に勘違いされて追いかけ回されるなどの弊害に悩まされる結果となった。

ここ数年はかなり警戒していたので、誰かの前で寝起きを見られるような状況は避けてきた。

両親ですら、天音の悪癖を知ってからは起こしに来ることはなくなった。

昨夜の天音は、

藍に抱きつかれるというハプニングに、嬉しさで動揺していたこと、

自制心と戦うことに必死になっていたこと、

土日の出張と月曜のレセプションパーティのトラブルで疲労が溜まっていたこと、

そして、
ここ数年、ずっと一人で起床していたため警戒心が薄くなっていたことから、

自分の悪癖を忘れて眠ってしまったのだ。


藍に抱きつかれた幸せを噛み締めて眠ったはずなのに、夢の中の自分は、何度も何度も藍の唇を貪っていた。

次第に覚醒してくると、
間違いなく藍の綺麗な唇にキスをしている自分に気がついた。

キスをした喜びもつかの間、最悪のシナリオが頭をよぎる。

"呆れられて嫌われたかも"

「ごめん、俺、寝起きはキス魔になるんだ」

動揺のため、気の利いた嘘もつけない。

しかし藍は、疲れで寝落ちする時、
自分も"抱きつき魔になる"
と申し訳なさそうに謝った。

"迷惑なんかじゃない、ずっと好きだった"

思いがけないお互いの告白に、何の強がりも見栄も関係なくなり、素直にお互いを求め合うことができた。

"ここがスタート地点だ"

今までの10年間分の後悔が、天音の決意を強固にする。

会社にとっては危機でも、天音にとっては最高の好機でしかない。

今日は休日。

藍との甘い時間を堪能しようと決意を新たにしてリビングに戻る天音だった。
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