ホテル御曹司が甘くてイジワルです


デザートに甘い食後酒。最後のコーヒーまでいただくと、雨脚はかなり強くなっていた。

私たちは食事を終えたけれど、ほかのお客さんが席に着いている。

シェフのご主人は忙しそうにキッチンにこもったままで、せっかく来たのに話す余裕はなさそうかも、と心配しながら清瀬さんを見る。
けれど清瀬さんは未練も無念さも感じさせないいつもどおりの表情で立ち上がった。

「とてもおいしかったです」

そう言った清瀬さんに由美子さんが申し訳なさそうに眉を下げる。

「すみません。主人が挨拶もせずに」
「いえ、寺沢さんが忙しいのは承知の上で通っているのはこちらですから。目を通すのは時間があるときでかまいませんので、寺沢さんに渡していただけますか?」

持っていたバッグの中から資料を取り出す。

きっとオーベルジュについて書いてあるんだろう。厚みのある資料を両手で受け取った由美子さんがうなずいた。

「わかりました。あとできちんと渡しておきます。頑固者の主人のために、遠いところ何度も足を運んでくださって、本当に申し訳ないです」

そんなことを言いながらもキッチンの方をちらりと見やり、頬を膨らませる由美子さん。
その様子が可愛らしくて思わず口元を緩ませると、清瀬さんが自然な仕草で私の腰を抱いた。

「いえ、今回は彼女に寺沢さんの美味しい料理を食べてほしかったのもあるので」

ちらりと甘い視線を向けられ、顔から火が出そうになる。

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