その恋に落ちるのは、彼の罠に掛かるということ
実際の仕事ぶりに関しても、武宮課長は二十八歳という若さで課長職に就いているだけのことはあると実感する。
営業に出れば、結んでくる契約数が私達とは比べ物にならない程に多い。戸田課長だってここまでではなかった。
中には、戸田課長がなかなか口説き落とせずに苦戦していたお客様との新規契約もあったのだから驚きだ。
一体、どんな話術で交渉しているのだろう。一回同行訪問して勉強させてもらいたいくらいだ、と彼が異動してきてまだ二日目だけれど既に本気でそう感じていた。
人柄も悪くなさそうだ。
若くして課長職に就いているくらいだから、私達部下を見下して横柄な態度を取ってくるかと思っていた。
けれど実際は、部下の面倒見も良く、人と話す時は基本的に常に笑顔を絶やさない。
特に新人の相田君には丁寧に仕事を指導する姿が何回も見受けられた。
私と課長は、隣の席にもかかわらず、二人きりで話したことはまだあまりない。私が相田君のように丁寧に仕事を指導してもらうような新人ではなく、かと言って課長の仕事を直接サポートする程の立場でもないからかもしれない。
まあ、隣のデスクにいる訳だし、会話する機会は今後いくらでもあるだろう。個人的にプライベートな話をしたい訳でもないし。
そんなことを考えていると、正面の席の河野さんが私に「なあ、予備のボールペン持ってない?」と聞いてくる。どこかに置いてきてしまったとのことだ。
「用度品入れのキャビネットにありませんか?」
「経費係の子が注文しとくの忘れてたんだと」