その恋に落ちるのは、彼の罠に掛かるということ
なるほど、そういうことか。
ボールペンだったら確か私の引き出しに予備があったはずだ。


「どうぞ」

「おっ、助かる〜! サンキュー、ミキちゃん!」

そう言って、河野さんは書類を持って席から立ち上がり、部長の元へと向かっていく。
河野さん、こういう時だけ私のことを〝ミキちゃん〟なんて呼んでくるんだから。


仕事を再開しようとパソコンに目を向けた時だった。


「幹本さんってーー」

右隣から突然名前を呼ばれ、振り向く。
その声の主は武宮課長で、にこっと微笑みながら私のことを真っ直ぐに見つめている。


「は、はい。何でしょう?」

「幹本 ミキさんって言うの?」

「はい?」

「今、河野君に〝ミキちゃん〟って呼ばれてたから」


ああ、そういうこと……。突然だったから何かと思った。


「幹本だから〝ミキ〟って呼ばれただけです。名前はミキではありません」

「そうなんだ。じゃあ本当は下の名前は何て言うの?」

「はい?」

「下の名前」

何、急に……。

仕事の話しかしたことのなかった人から、突然距離を詰められているような感覚になり、思わず眉をひそめた。
でも、そう思うのは失礼かもしれない。人当たりの良さそうな武宮課長のことだ。営業課でたった一人の女性社員の私を気遣ってこんな砕けた質問をしてくれているだけかもしれない。
そう思い直し「由梨です」と聞かれた質問に答えると。
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