私の本音は、あなたの為に。
けれど、いくら美容師さんが私を慰める様な笑みを見せてくれたとしても、私が何故泣いてしまったのかは分からないだろう。


けれど、嬉しかった。


「ありがとう、ございます…」


私は、誰にも聞こえない様な小声でそうお礼を言った。



そして。


「はい、出来ましたよ」


ぼーっと考えていた私は、美容師さんの明るい声で我に返った。


「どうでしょうか?」


そう言われ、鏡で自分の姿を見る。


「あっ……」


当たり前だけれど、先程とは比べ物にならないくらい髪の毛が短くなっていた。


(お兄ちゃんに、似てるかも……)


男っぽい髪型になった私は、うっすらと兄の面影を醸し出していた。


兄が生きている時には、誰からも似ているとは言われなかったのに。


男っぽい姿になって初めて、“似ているかも”、そう思った。


「凄く良いです!ありがとうございます!」


私はなるべくにこやかに美容師さんに挨拶をし、瞬く間に会計を済ませた。



椅子に座って雑誌を読んでいたママに声を掛け、外に出た途端。


「勇也、似合ってるじゃない!」


昨日は一言も言われなかった言葉を、言ってくれた。


名前は違えど、褒めてくれた事には変わりがないと信じたい。


私は、笑顔で頷いた。


この髪型が、私に似合っているのかは分からないけれど。


この髪型になる為に、親友との約束を破ってしまったのは確かだけれど。


それでも、ママの笑顔を見れて嬉しかった。
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