薄羽蜉蝣
 その日は日が落ちても、与之介は部屋で転がっていた。
 一日ガキどもに付き合って、釣りをしていたのだ。
 暑いだけで体力を持っていかれたようで、飯を食いに行くのも億劫である。

 そんな与之介の部屋の前を、佐奈は行ったり来たりしていた。
 手には夕餉に作った総菜の器を持っている。

 夕方帰ってきてから人の出入りはなかったので、与之介は部屋にいるはずだ。
 その証拠に、灯りがともっている。

 が、戸を叩く勇気が出ない。
 部屋の前を通り過ぎ、少し行ったところで立ち止まる。

 それを何度か繰り返した後、佐奈は意を決して踵を返した。
 与之介の部屋に近付く。

 そのとき、少し向こうのほうから、小さな影が走ってきた。
 それは止まることなく与之介の部屋の前に来ると、そのまますぱーんと障子を開けた。

「与之ーっ! ご飯だよーっ」

 大声で言い、中で転がっていた与之介に飛びついたのは、おせんだ。

「お母が、与之がいるなら呼んできなって」

「あー、そりゃありがてぇ」

 与之介がむくりと起き上がり、おせんに手を引かれて土間に降りる。
 外に出て初めて、立ち尽くす佐奈に気付いた。

「おや、お佐奈さん。どうしたぃ?」

 屈託なく声をかける与之介の視線が、佐奈の持つ器に注がれた。

「あ、あの……」

 急に恥ずかしくなり、佐奈は器を隠そうとした。
 が、与之介がそれより早く、器を覗き込む。
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