薄羽蜉蝣
 鶴橋で、与之介は机に突っ伏していた。
 いつものように、他に客はいず、前で親父も酒を飲んでいる。

「そうか……。どっかで見た顔だ、と思ったら、あのときの娘っ子でしたか」

 親父は仕事の繋ぎの他に、検分役も兼ねている。
 その他、後始末も請け負うので、事が済んでからの現場の様子も確認するのだ。
 そこで、玄八の死体の前で、呆けている佐奈を見た。

「でも父親を殺ったのが新宮様だとは気付いてねぇんでしょう」

「気付いてねぇな。下手人のことは、剣客だ、という以外何も記憶にねぇ」

 頭を机に乗せたまま、与之介が言う。
 すでに徳利を五本ほど空けているのに、まるで水を飲んでいるようだ。

「娘っ子は、父親を殺った下手人を恨んでるんですかい?」

「さぁな。でも普通の娘だったら恨むだろうよ」

「鬼神の玄八は、人殺しの盗人でやすよ」

 そうだ。
 玄八は世間を騒がせた大泥棒だ。
 ただ人殺しはしなかった。

 入り込むのも、あこぎな商売で私腹を肥やす悪党のみ。
 稀に普通の商家にも入ったようだが、そういうところは商売に影響ないぐらいの小金を掠めていく程度に止めていた。
 手口が鮮やかなので、商家のほうでは盗まれたことに気付かないことも多くあったに違いない。
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