薄羽蜉蝣
 それがあるとき、はずみで人を殺してしまった。
 しかも、悪党のところでなく慎ましい商家に入ったとき、そこの一人娘に見られたのだ。

 娘はその場から連れ去られ、後日川に浮かんだ。
 それからぱったりと、玄八は姿を消したのだ。

「やむなく人を殺しちまった後悔から足を洗ったんだってことですが、盗人辞めりゃ殺した者が浮かばれるわけでもねぇ。やむなくだろうが何だろうが、人殺しは人殺しよ。何の罪もねぇ子供を手にかけた罪は、命をもって贖わなきゃなんねぇ。そうでしょう」

「ああ、そうだ。俺だって野郎を斬ったことは、後悔してねぇ」

 玄八を討ったことには、微塵の後悔もない。
 だがまさか、玄八が佐奈の父親だったとは。

「……くそっ」

 だん、と拳を机に打ち付ける。

「娘っ子は、父親の正体を知ってたんでしょうか」

 言いにくそうに、親父が言う。
 まさか仲間というわけではないだろう。

 佐奈は十七。
 三年前で十四だ。

 玄八が討たれたのは三年前だが、それは玄八が盗人稼業から足を洗って二年後のこと。
 つまり、玄八が現役だった頃は、佐奈はまだ十歳やそこらなのだ。
 表店で真っ当な商いをしていれば、まさかその裏で盗人をしているなどとは思わないだろう。

「佐奈は関係ねぇだろうさ。父親が死んで、奉行所が絡んで初めて、父親の正体を知ったんだろ」

 同時に周りの者らもそれを知った。
 そして皆離れていったのだ。

「……佐奈の生活を壊したのも俺ってことか」

 ちりん、と風鈴が鳴った。
 佐奈の細い肩の感触が蘇る。

 与之介は腰の刀を、ぎゅっと握り締めた。
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