薄羽蜉蝣
「お姉ちゃーん!」

 珍しく佐奈のところに、朝太郎が飛び込んできた。
 朝餉の片付けをしていた佐奈は、少し驚いて入り口の朝太郎に駆け寄った。

「どうしたの。与之さんは?」

 いつもなら間違いなく皆与之介のところに飛び込むのに、佐奈のところに来るなど珍しい。
 不思議に思い佐奈が言うと、朝太郎は外を指差して、ふくれっ面をした。

「おじちゃん、具合が悪いって言う」

「えっ!」

 またも驚いて、佐奈は下駄を突っかけ斜向かいの与之介の部屋に向かった。
 相変わらず開け放たれた障子の向こうに、夜具に転がっている与之介が見える。

「与之さん」

 駆け寄ると、酒の臭いが鼻を突く。
 途端に佐奈の顔が冷たくなった。

「皆、心配しないで大丈夫。このおじさんは、飲んだくれてるだけだから」

 与之介に背を向けて佐奈が言うと、子供たちは、なぁ~んだ、と叫んで与之介に飛びついていった。

「ちょ、お、お前ら、勘弁してくれ。気持ち悪いんだからよ」

 転がったままのたうち回る与之介をしばし見つめ、佐奈はようやく、皆に声をかけた。

「はい、そこまで。お酒の臭いが籠ってて、ここにいたら皆も具合悪くなるかもしれないから、今日は与之さんに近付かないほうがいいわ」

「じゃあ佐奈お姉ちゃん、遊んで」

「後でね」
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