薄羽蜉蝣
 佐奈の部屋には、一振りの匕首がある。
 あの日、父の玄八の頭に突き刺さっていたものだ。

 玄八が殺された当初は、これできっと仇を討ってやる、と心に決めていた。
 だが次第に明らかになる父の行状に、その気持ちが揺らいでいく。

 世間を騒がせた大泥棒。
 有り金をごっそりやられて潰れた店は数知れず。

 だがそれらは皆、不正な金利や取引で肥え太った高利貸しや商家だった。
 これだけなら決心は揺るがなかったかもしれない。

 が、その大泥棒は五年前に盗みに入った商家で、一人の幼子を攫い殺した。
 商いが傾かない程度の盗みで済むはずの、小さな仕事だったはずなのに。
 堅実な商いを続けていたその商家は、その後旦那が心労で倒れ、潰れてしまったという。

「泥棒の上、人殺しだなんて……」

 佐奈の父親が鬼神の玄八ということは、玄八が死んだことで一気に広まった。
 玄八の最後の仕事があまりに酷かったため、佐奈に対する風当たりは相当なものだった。

 それも仕方のないこと、と思うのだ。
 父は仇を討つほどの人間ではない。
 大泥棒の人殺しだ。
 だが。

「肉親を殺されたということは同じ。だから下手人を恨んでもいい」

 そうなのだろうか。
 初めに抱いた仇討ちの気持ちは、今はない。
 が、討たれて当然の父だから、討たれたところで何とも思わない、というわけではないのだ。
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