薄羽蜉蝣
 佐奈の前でも極悪非道な悪党だったら何も思わなかったかもしれないが、佐奈にとっては、あくまで優しい父親だった。
 それが枷になっている。

「ただ父を殺された娘として、仇を討ってもいいのかな」

 無論、仇討ちなど成し遂げられるとは思っていない。
 剣術など習ったこともない上に、相手はおそらく、れっきとした剣客だ。
 相手にならないだろう。

「もしかして与之さんは、父さんを殺した下手人を知ってるんだろうか」

 玄八が大泥棒だったことも、商家の娘を殺したことも知っていた。
 知られたくなかったことだが、与之介には全てを知って欲しいとも思う。

「知った上で受け入れて欲しいなんて、贅沢だったかな……」

 あの与之介の態度は何だったのか。
 下手人を許すな、と言っているようだった。

 父は殺されても仕方なかった、とも言ったが、何故あんなに苦しそうだったのだろう。

「よくわからない」

 ぽつりとこぼす。

 この長屋の住人は、皆何かしら過去がある。
 与之介の過去の闇は何だろう。

 与之介も剣客なのだろうか。
 だがあの刀は、曇りなく綺麗だった。
 人を斬った跡はない。

「仇討ちを、与之さんに頼んだら、助っ人してくれるかな」

 恨んでいいと言った。
 父を殺した下手人を許さないでいいんだ、と思い、佐奈は匕首を握り締めた。
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