薄羽蜉蝣
「よ、与之さんっ! 今しがた、こんなものが」

 青い顔のお駒の手には、小さな紙切れが握られている。
 くしゃくしゃなところを見ると、小石でも包んで投げ込んだのだろう。
 紙には、女子を返して欲しくば、佐奈を赤松稲荷に寄越すよう書いてあった。

「何でお佐奈ちゃん……?」

 ふと顔を上げれば、少し向こうで佐奈が立ち尽くしている。

「お佐奈さん、心当たりはあるか?」

 与之介の頭には、一人の男が浮かんでいた。
 が、それを佐奈も知っているかはわからない。
 佐奈はすぐに、ふるふると首を振った。

「今までいた長屋の連中の嫌がらせだとしても、わざわざおせんちゃんを攫うことはしないでしょうし……」

 佐奈の正体を知った者は、追い出そうと様々な嫌がらせをしてきた。
 引っ越しても近くだったりすると、止まなかったらしい。

「でも、ごめんなさい」

 頭を下げる佐奈の肩を、お駒はぐいっと掴んだ。

「何言ってんだい。そんなこと、気にするこっちゃないよ。ここの皆は、今までの薄情な奴らとは違うよ。お佐奈ちゃんの過去がどうだって、追い出したりしない。嫌がらせだけのために子供を攫う輩なんざ、糞食らえってんだ」

「そうだよ。うちらを嘗めないで欲しいね。ここの住人は皆何かあるんだ。でもそれもひっくるめて受け入れる。過去を知ったぐらいで追い出すなら、端から受け入れないよ」

 他の嬶ぁも鼻息荒く言う。
 ここはそういう長屋なのだ。
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