薄羽蜉蝣
「そんな奴らが嫌がらせに来たって、うちらが追い返してやるから安心しな」

 ばん、と背中を叩かれ、佐奈は胸が熱くなった。

「けど、嫌がらせにしちゃ悪質だ。子供を攫うなんざ、素人のやることじゃねぇぜ。ただの長屋の住人の仕業じゃねぇだろう」

 何より気になるのは、佐奈を名指ししているところだ。

「とにかく、行ってきます」

 さっと、佐奈が木戸を出て行こうとする。
 その腕を、与之介が掴んだ。

「みすみす罠に飛び込む気か?」

「だって私に来いと言ってるんだから、私が行かないと、おせんちゃんは帰らないじゃないですか。私のような小娘一人を呼び出すってことは、大した用事じゃないかもしれないし」

「大した用事じゃないことに、ガキを人質に取るかよ」

 与之介の言葉にも、佐奈は怯まずぐいぐいと掴まれた腕を引っ張る。
 敵陣に乗り込むことに、躊躇いはないようだ。
 普通このように怪しげな呼び出しを受けたら、男でも怖いだろうに。

「けど、お佐奈さんがいねぇと始まらんのだろうな。向こうさんはお佐奈さんを呼んでるんだし」

「そうよ。わかったら離してください」

 ぐい、と引っ張る腕を、与之介は反対に引き寄せた。

「一人で来いとは書いてねぇぜ。まぁ一人で行かす気もねぇけど」

 え、と顔を上げた佐奈に、にっと笑うと、与之介はお駒を振り返った。

「俺とお佐奈さんで行ってくらぁ」

「……ああ、頼んだよ」

 心配顔の嬶ぁどもの視線を背に、与之介は佐奈を連れて木戸を出た。
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