薄羽蜉蝣
 変わった空気に気圧され、佐奈は一旦口をつぐんだ。
 が、姿勢を正すと、真っ直ぐに親父を見る。

「……会いたいです」

 きっぱりと言う。
 言葉にして初めて、己の気持ちが浮き彫りになったように感じた。

「父には申し訳ないかもしれません。ただ本当に優しかっただけの父を殺したのであれば、どうしても与之さんを許せなかったでしょう。でも父には殺されるだけの罪があった。私は愚かにも、それに気付かなかっただけ。与之さんだって何の罪もない人を殺す人ではないです。そんな人が、私の父を殺したっていうことに、そこまで苦しむはずがないですから」

「そうだな……。ここを出て行ったって、あの様子じゃずるずる引き摺るだろうよ。今だって家をおん出てきたわりにゃ、目と鼻の先でぐずぐずしてやがる」

 面白そうに言い、親父は明るい顔を佐奈に向けた。

「娘さんは、新宮様に出て行って欲しくはねぇんだな?」

「そうですね。……できれば、帰って来て欲しいです。あの、何て言えばいいのかわからないんですけど、父のことで、そんなに苦しまないでいいってことを伝えたいというか……」

 赤い顔でごにょごにょ言う佐奈の背を、お駒が、ばん、と叩いた。

「そんな回りくどい言い方したって伝わらないよ。素直に、好いてるから帰って来てって言えばいいのさ」

「そ、そんな困らすようなことっ」

「何が困るんだい。男なんざ、はっきり言わないと変にこじれるよ。特に与之さんは、今はお佐奈ちゃんの、その言葉が一番欲しいことなんだ」

 真っ赤な佐奈に、お駒がくどくど言う。
 その様子をにやにや眺め、やがて親父は、ぱん、と手を叩いた。

「お駒さんの言う通りさね。娘さんが本当に新宮様を受け入れてくれるのであれば、あっしに考えがある」

「え?」

「このままだと早いうちに、新宮様は本気でどっか行っちまう。新しい塒は、すでにいくつか目星はつけてるんだ。それを伝えれば、すぐにここの大家に話をつけて、部屋を引き払うだろうぜ。そして二度と、ここいらにゃ近付かねぇだろう」

 そう言って、親父はまた、佐奈をじっと見た。

「それは嫌だろう? 娘さんがそう思うなら、一つあっしが、この絡まった糸を解いてやろうというのさ」

「お願いします!」

 がばっと佐奈が頭を下げる。
 それに満足そうに頷くと、親父は、ばん、と胸を叩いた。

「任せとけ。ちぃっとばかし荒療治だがな」

 何か随分楽しそうに言うと、親父はお駒と共に部屋を出て行った。
< 54 / 63 >

この作品をシェア

pagetop