社内恋愛狂想曲
私が新入社員の頃、結婚を控えた職場の先輩に仕事を続けるのかと尋ねると、「当たり前でしょ?結婚イコール生活よ。夫の稼ぎと甘い夢だけじゃ飯は食えないの」と言い放った。

私も結婚に対する過剰な希望は捨てて、歳相応に安全性と実用性を重視した方が身のためだ。

「そういう考え方もあるんだね。だったら私も前向きに考えてみようかな……。伊藤くんは冗談半分で言ったのかも知れないけど」

何気なくそう言うと、葉月は少し眉間にシワを寄せてから、グラスに並々と注いだビールを飲み干して「ははは」と笑い声をあげた。

「志織、伊藤に付き合おうって言われたん?」

「いや、付き合おうじゃなくて、なんの期待もしなくていいのがラクだから結婚して一緒に住むかって」

「ふーん……ええんちゃう?私もシゲと結婚するし」

そう言って葉月はフラフラと立ち上がった。

「ちょっとトイレ行ってくる」

「ひとりで行ける?大丈夫?」

「赤ちゃんちゃうからトイレくらいひとりで行けるわ!」

葉月は半個室になっている客席から出て、化粧室のある方へゆっくりと歩いていく。

いつものように笑っていたはずの葉月の目が潤んでいるように見えた。

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