天才策士は一途な愛に跪く。
「旅行先で怪我をして、病院にいたの。携帯電話も壊れちゃって・・・。」
母は握りしめた手を強めて、私を睨むように見つめた。
「そんなことになってるのに・・。何で仕事を辞めて帰ってこないの!?
こんなとこに居ちゃ駄目よ!!論文なんてやめて!!
それに、山科は駄目なの・・。
ここに居たら、あんたまで・・・あんたまで・・。」
鋭い切れ長の目は何かに怯えているようにも見えた。
「森丘さんのお母様ですね・・?」
ハッと振り返ると、エスカレーターから秘書と降りてくる聖人が見えた。
白い床をゆっくりと聖人がこちらへ歩いてきた。
驚いた様子の母は、聖人の顔を見上げた。
「あなた・・。山科の?美桜ちゃんの・・お兄さん??」
「ええ、美桜がお世話になりました。
兄の山科聖人です・・。この会社の責任者です。」
その言葉に、母は口を開けて呆然とした様子で聖人を見上げた。
「ここでは、ゆっくり話が出来ないと思いますので、場所を
移動しても宜しいでしょうか?」
聖人の丁寧な提案に、母は静かにうなずいた。
奥のエレベーターへと無言で乗り込んだ母は、未だに固い表情を
浮かべていた。
秘書に案内されて、社長室へと私と母は移動した。
最上階の全面ガラス張りの社長室にある応接セットに緊張しながら
座った。
「彼女の研究論文が海外でも今、注目を浴びていることは
お母様はご存知ですか?」
その言葉に、母の顔色が一層悪くなった。
私を見て不安そうな表情を浮かべた。
どうしたんだろう・・。
母のこんな怯え切った表情なんて見たことがない。
「そんな話聞いてないわ・・!!
だから・・。だから、反対したんです。
ちゃんと、あのままピアニストになっていれば・・。
危ない目になんて合わないのに!!
この子があの人と同じように、研究者の道を歩みたいなんて・・。」
「そもそも、あきらが人の話を聞かないから、
・・そんな恐ろしい事を言うからこんな事になるのよ!!」