虫~殺人犯の告白~
外は霧雨だった。

急に心臓が高鳴り、ふわりとした感覚になった。

私は自分が自分である感覚さえ、一瞬見失った。


射る様に睨む彼の腹に、手に持った傘を突き刺した。

「何すんだこのやろう」

息んだ様な声で彼は怒鳴った。

私の手首を驚く程強く掴み、自分の体から引き剥がした。

私は後部座席に突き飛ばされた。

物凄い勢いで彼は私に馬乗りになり、髪を鷲掴みにして数発殴った後、首を絞め始めた。

その手は恐ろしい程力強く、温かかった。

彼のラガーシャツの腹にはくすんだ緋色の染みが広がっていた。

私は薄れる意識の中で思った。

死にたくない。

こんな形で、殺されたくない。

私は自分と共に跳ばされた血塗れの傘を手繰り寄せ、残りの力で彼の横顔を叩いた。

それに怯んで彼が体を離した瞬間、振りかぶった傘を彼の左目に突き刺した。


「うぁあ!」

私は声にならない叫び声を上げていた。

ごつっと骨に当たる鈍い音と手応えがあり、細かい血飛沫が私の顔にかかった。

傘を引き抜くと、ジェンティレスキの絵画の様に細い血潮が吹き上がった。

「ががが」

彼はうがいをする様な不可思議な声を上げて仰向けに倒れていた。

断末魔の戦慄を続ける男を私は、ただ呆然と見つめた。

彼の思う通りだ。人生は正に虫だと。



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