君のいた時を愛して~ I Love You ~
 コータに心配をかけてしまったから、夕食は予定通りの生姜焼きだけれど、それ以外はキャベツの千切りの付け合わせだけにして、カッとしたキャベツを冷蔵庫にしまい、肉をたれに付け込んだ後、あたしはベッドに横になった。
 やっぱり、風邪がまだ完全に良くなってなかったのかな? でも、あれは風邪じゃなくて、過労だったはずなのに・・・・・・。そんなことを考えていると、あたしはいつの間にか眠ってしまった。
 炊飯器の電子音が聞き覚えのあるクラシックの一部を奏で、あたしは驚いて起き上がった。
 コータ所有の旧式の炊飯ジャーはタイマー炊飯が出来ないことがよくあるから、いつも必ずスイッチが入るのを確認するのに、今日は大人しく炊飯してくれたのかと驚きと安堵で炊飯器の方に目をやると、既に帰宅したコータが肉をフライパンで焼こうとしていた。
「コータ! あたしの事が心配で早退してきたの?」
 驚いて声をかけると、コータがクスリと笑みをこぼした。
「サチ、時計見てごらん。もういい時間だよ。帰ってきたらサチ、ぐっすり寝てるから、もしやと思ったら、こいつやっぱり炊飯スイッチはいってなくて、スイッチを入れて勉強してたんだ」
「ごめんなさい。あたし、全然気付かなくて・・・・・・」
「別に平気だよ。食後に勉強するか、食前に勉強するかの違いだけだら。でも、サチ。病院いくか? なんか、やっぱり顔色悪いし、鼻血が出るなんて、知り逢ってから初めてだろ」
 コータの不安そうな顔に、あたしは飛び切りの笑みを返した。
「大丈夫。本当に、ちょっと疲れが溜まってただけだから。今日も、つい、行きはバス代倹約して歩いて行っちゃったから」
「ダメだよ。病み上がりなんだから」
「だって、お薬代かかっちゃったし」
「前より給料良いんだから、それに、サチだって明日からは大将の店の仕事に戻るんだろ。体を大切にしなくちゃだめだよ」
 コータは言うと、ジューっという良い音を立てて肉を焼き始めた。
「コータ、あたしがやるよ」
 あたしが言うと、コータは『大丈夫だから、茶碗とかの用意頼むよ』と答えた。
 あたしは言われたとおり、ちゃぶ台の上に茶碗とお箸を並べ、生姜焼きを乗せるお皿と冷蔵庫からキャベツを取り出した。
 家事は下手な方ではないが、どうしてもキャベツの千切りはプロじゃないから太く不揃いで、ちょっと悲しくなる。
「よーし、食べるぞ!」
 お皿に肉を盛り、あたしはご飯をよそった。
「あ、あたし、お味噌汁作るの忘れてた!」
 ご飯をよそってから、あたしは気付いた。
「べつに、お茶でいいよ。体調悪い時は、無理しなくていいんだから」
 コータは言うと、あたしの頭を愛おしそうに撫でてくれた。
「ありがとう、コータ」
「いただきます!」
 コータが元気な声で言い、あたしも『いただきます』と言って箸をとった。
「サチ、千切り作るの上手だよな」
 あたしの大の苦手の無残な千切りを見てコータが言った。
「俺なんかさ、一度挑戦したら、母さんに、これなら千切りにしないで、サンチュみたいにキャベツに来るんで食べたほうが美味しいって言われてさ、ずいぶん頑張ったんだけど、キャベツって、切っても切ってもなかなか量が出ないから、すごい量切ることになるだろ、で、嫌になっちゃうんだよな。でも、サチのはいつも細いよな」
 無様な千切りを褒めてくれるコータの心遣いがすごく嬉しかった。
「もっと、綺麗な千切りが出来るように頑張るからね」
「いいって、母さんが言ってたけど、おなかに入れば同じだって。だから、これで十分。サチは、もっと自分が楽しめることをする時間を作った方がいいぞ。もちろん、俺の稼ぎがいまいちだからってのはあるけど、なんか生活することに身も心もすり減らしてる感じがするからさ、俺と結婚して、後悔してるんじゃないかって、すごく心配になるんだ」
「そんなことない。そんなことないよ、コータ。あたし、コータと一緒じゃなくちゃ生きている意味がないもん。コータだけなんだもん、あたしのこと、本当に愛してくれてるのは」
 あたしは食べるのも忘れていった。
「ありがとう、サチ。俺も、サチのいない人生なんて、考えられないから。だから、早く元気になってくれよ」
「うん。頑張る」
 あたしは幸せいっぱいで、コータの事を見つめた。
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