君のいた時を愛して~ I Love You ~
 帰り道の途中でコータの着たフロックコートとサチのドレスをクリーニングに出してしまうと、二人の手に残ったのは手渡されたディスクだけになった。
「なんか、夢みたいだったね」
 部屋に戻り、お茶を飲みながらサチが言った。
「そうだな、ドレスもクリーニングにだしちゃったからな。でも、折角のドレスが汚れたら大変だし」
 真顔で言うコータにサチがクスクスと笑った。
「なんだよ、サチ。サチのお気に入りのドレスじゃないか」
「それはそうだよ。私の一番高価な財産だもん。でも、もう着る訳じゃないし」
「でも、大切なものなんだから、クリーニングは必要だろ?」
「なんか、コータの言い方だと、また着る日が来るみたいだったから」
「そりゃ、着る機械があれば着せてやりたいけど、それって、俺以外の男と再婚して写真撮るって事になるだろ。それは、困るからな」
 コータの言葉に、サチはマグカップを持つコータの手を両手で包んだ。
「そんな日は絶対こないから。そんな変なこと、考えないで」
 サチは言うと、笑って見せた。
 しかし、サチは鼻に違和感を覚え、慌てて手を鼻に持って行った。
「サチ、鼻血がでてる」
 コータは言うと、すぐにティッシュペーパーをサチに手渡してくれた。 
「興奮しすぎだろう、ウェディングドレス着て写真撮ったら鼻血が出るなんて!」
 心配しながらもちゃかして言うコーナーに、サチも片手で鼻を押さえながら、反対の手で頭をかいて見せた。
「それじゃあ、写真が出来てきたら、失神するんじゃないか?」
「らいしょーうらよ」
 鼻を押さえているせいで『大丈夫だよ』と言った言葉がくぐもった変な声になったが、サチは言い切ると少し斜に構えてコータを睨んで見せた。
「冗談だよ。ほら、横になった方が良い」
 コータに支えられ、サチはベッドに横になった。
 重力から少し解放され、重かった全身が少しだけ軽く感じるようになった。
 今まで、コータの居るときに鼻血が出ることはなかったので、コータはサチの事を温かい目で見つめながらも、少し笑いをこらえているようでもあった。

(・・・・・・・・いつからだったっけ。こんなに鼻血がよくでるようになったの。それに、最近はずっと体が重いし、すごく疲れ易くて、大将のところの仕事が終わると、クタクタだもんな・・・・・・・・)

 サチは天井を見上げながら思った。
「どうしたんだよ、サチ。嘘だよ。あんまりサチが可愛かったら、言っただけだよ」
 天井を見つめるサチにコータが言った。
「大丈夫か?」
 コータがサチの顔をのぞき込むと、その優しい眼差しにサチが瞳を潤ませた。
「どうしたんだよ、サチ。なんか、今日は変だぞ。あ、もしかして、ドレス着たら、結婚したんだなって実感がわいたとか?」
 コータの言葉にサチが軽く頷いた。
「俺もなんだ。もちろん、ずっとサチの事を妻で、家族だって思っていたけど、さっきドレス着たサチの隣に立って写真を撮って、見せて貰っただろ、その時、俺、涙が出そうなくらい嬉しくて、幸せで、これからはもっともっと、サチを幸せにしたいって、そう思ったんだ」
 コータの言葉を聞いていたサチの瞳から涙が溢れた。
「サチ?」
「あたし、こんなに幸せで良いのかな?」
「どうしたんだよ、急にそんなこと言って」
「だって、あたし、あたしのせいでコータはお父さんから縁を切られて、うちの親は刑務所に入ってるのに、あたしだけ幸せになる事なんて許されるの?」
 突然の鼻血も怠くて重い体も、サチには母親とその情夫の呪いのように感じられた。
「サチ、間違うなよ。俺は縁を切られたんじゃなくって、俺が縁を切ったんだ。俺には父親はいないって」
 コータは言うと、片手で鼻を押さえながら、反対の手で涙を拭うサチの体に腕を回した。
「俺たちは幸せになる。今まで、幸せに逃げられてた分もとは言わない。人並みで良い。でも、俺は何があってもサチの手を話さない」
「くぉータぁ」
「支度で疲れてるんだろ。少し寝たらいいよ。今晩は、俺がなんか、簡単な夕飯を作るから」
 コータは言うとサチの額にキスを落とした。
 サチは目を閉じると、コータに見守られながら眠りに落ちていった。
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