黎明センチメンタル
クーラーに甘える夜。下着姿で冷風と戯れて、今日を振り返る。
「全然イメージと違ったなぁ」
髪の束から不規則に滴る水滴を見て見ぬふりで煙草に火をつけ独り言。
「女の人じゃなかったし、男だったし。すごい地味だったし……って言うかダサかったし」
熱風に煽られて口をついて出た「いらっしゃいませ」。
胸は踊らなかった。息も乱れなかった。
「あんなダサい服、何処で売ってんの」
ふぅ、と煙を吹き上げて目に染みた。
たった一人のリビングで答えは返ってきやしない。
「……どんな話を振ったら、話が弾むんだろ」
それなりに人付き合いをして生きてきた。惚れた腫れただって、何度もあった。
けどそうして歩んで来た人生の中で、彼のように話が弾まなかった人に興味を持つなんて、一度たりとも無かった。
「不思議な奴だなぁ、影内馨」
今度は灰を落とさずに、灰皿へ煙草を押し付けた。
クーラーの冷風のせいだろうか、何故か落ち着かなくてもう一本、小さな箱から抜き取って火をつける。
「にしても安倍さんは嫌な奴!」
思い出すだけで小鼻がひくついて仕方が無い。
ただ、思う。ああ言う人が、選ばれる世の中なのかもと。
茶目っ気のある動作、明るい素振り、誰に尻尾を振れば良いかを的確に見極める鋭さ。
「影内さんも安倍さんみたいなのが良いんかな」
いつもより火を消す指に力を込めて、洗面所へと歩き出す。
曇った鏡を見て、掃除をしなきゃならないなと考えて自分をじっと見つめてみた。
「おっぱいは、安倍さんの勝ちだな……顔は私だって負けてない気もするけど……引き分けだよ」
鏡に映る自分を凝視して手元で響いた小さな破裂音に驚いた。
音の方に目を向けると、蛇口に歯磨き粉の塊が落ちている。
「勿体無い……」
ぽつりと呟いた一言は、狭い洗面所にぼやっと響く。それが妙に心地よくて、もう一度呟いて、歯ブラシで歯磨き粉をすくい上げた。
いつもだったら、絶対しないのに。
変わって行く。
はっきりとは説明しづらい小さな変化に能みそが擽ったくて、ぺっと吐き出した唾と歯磨き粉を素早く水で流した。
「山科さんに聞いてもらお」
今日はなんだか独り言が心地いい。
口から吐き出す言葉がシャボン玉の様にふわふわと浮かんで、弾けて、飛沫が自分に返ってくる。
ベッドに潜り込んでアラームを設定した。
「明日も起こしてね」
鬱陶しい電子音だと毒づいていたのは何処の誰だっただろう。
少しの有難味も感じられなかったのは何でだろう。
今や私の一番の味方を撫でて目を閉じた。
「全然イメージと違ったなぁ」
髪の束から不規則に滴る水滴を見て見ぬふりで煙草に火をつけ独り言。
「女の人じゃなかったし、男だったし。すごい地味だったし……って言うかダサかったし」
熱風に煽られて口をついて出た「いらっしゃいませ」。
胸は踊らなかった。息も乱れなかった。
「あんなダサい服、何処で売ってんの」
ふぅ、と煙を吹き上げて目に染みた。
たった一人のリビングで答えは返ってきやしない。
「……どんな話を振ったら、話が弾むんだろ」
それなりに人付き合いをして生きてきた。惚れた腫れただって、何度もあった。
けどそうして歩んで来た人生の中で、彼のように話が弾まなかった人に興味を持つなんて、一度たりとも無かった。
「不思議な奴だなぁ、影内馨」
今度は灰を落とさずに、灰皿へ煙草を押し付けた。
クーラーの冷風のせいだろうか、何故か落ち着かなくてもう一本、小さな箱から抜き取って火をつける。
「にしても安倍さんは嫌な奴!」
思い出すだけで小鼻がひくついて仕方が無い。
ただ、思う。ああ言う人が、選ばれる世の中なのかもと。
茶目っ気のある動作、明るい素振り、誰に尻尾を振れば良いかを的確に見極める鋭さ。
「影内さんも安倍さんみたいなのが良いんかな」
いつもより火を消す指に力を込めて、洗面所へと歩き出す。
曇った鏡を見て、掃除をしなきゃならないなと考えて自分をじっと見つめてみた。
「おっぱいは、安倍さんの勝ちだな……顔は私だって負けてない気もするけど……引き分けだよ」
鏡に映る自分を凝視して手元で響いた小さな破裂音に驚いた。
音の方に目を向けると、蛇口に歯磨き粉の塊が落ちている。
「勿体無い……」
ぽつりと呟いた一言は、狭い洗面所にぼやっと響く。それが妙に心地よくて、もう一度呟いて、歯ブラシで歯磨き粉をすくい上げた。
いつもだったら、絶対しないのに。
変わって行く。
はっきりとは説明しづらい小さな変化に能みそが擽ったくて、ぺっと吐き出した唾と歯磨き粉を素早く水で流した。
「山科さんに聞いてもらお」
今日はなんだか独り言が心地いい。
口から吐き出す言葉がシャボン玉の様にふわふわと浮かんで、弾けて、飛沫が自分に返ってくる。
ベッドに潜り込んでアラームを設定した。
「明日も起こしてね」
鬱陶しい電子音だと毒づいていたのは何処の誰だっただろう。
少しの有難味も感じられなかったのは何でだろう。
今や私の一番の味方を撫でて目を閉じた。