黎明センチメンタル
「開店は十時半。だけど品出しとか準備とかあるから九時四十分くらいに来たらいいよ」
レジの電源を押しながら面倒くさそうに山科さんが言う。
ボタンの場所を忘れないように、じっと見つめて頷いた。
「さっき入って来た入口行くよ」
いつまでもレジを凝視する私のお尻を軽く叩いて歩き出す背を追い、駆け出す。
「ここに今日発売の本が置かれるから台車に乗せて作業場まで運んで」
けたたましい音を鳴らし台車を広げてひょいひょいと本の束を積み上げる山科さんに倣い私もひとつの本の束を持ち上げた。
「重い……」
「当たり前でしょ。落とすなよ」
乱暴な言い方に傷つく暇も無く、高く積まれた本。いとも簡単に台車を押す山科さんはスーパーウーマンなのかもしれない。
比較的軽い本の束を二つ持ちながら隣を歩く。
「山科さんは本が好きですか?」
無い頭でやっと紡げた私の一言に、はぁ?と返された。
「好きじゃなきゃやってらんないよ。給料も安い、体力的にキツい、好きって気持ちだけで保ってる部分がデカイわ」
台車が動かないようにストッパーを下げながら山科さんが言う。
「あんた、レンタル希望なんでしょ?」
「……一応」
ふん、と鼻で笑い山科さんが私を突き放す。
「まぁ、せいぜい頑張んなよ。書籍なんて今時の子には務まらないだろうし早くレンタル行ければいいね」
手際良く雑誌の束を作業机へ移し紐を切りながらそう言った。その言葉に胸の奥の少し手前、柔らかい場所がチクリと痛む。
「付録あるやつは中に入れて紐で縛る。クーポンが付いてるやつとかエロ本も縛ってね」
何も言えない私にビニールの紐を投げてテキパキと作業に取り掛かる山科さんは、忙しそうで、でも、すごくイキイキとして見えた。
「紐結ぶのって意外と難しいですね」
レンタルに移動する前提の私が朝の忙しい時間帯に入るのは迷惑かもしれない。
でも、ただ息の根が止まる日を待つだけなら私も少しだけでも、イキイキと働いてみたい。
山科さんの手をじっと見つめて呟くと、また鼻で笑われた。
「そりゃ日々の積み重ねってもんがあるからね」
時刻は十時二十分。
開店はもうすぐ。