黎明センチメンタル
入店から数日。
業務の流れも一通り教えられた。
今までの本屋に対するイメージが、たった数日で変わる。
「本屋の店員って、結構過酷ですね」
未だフレンドリーに接してはくれない山科さんに、開店前に話し掛けた。
「手を止めんなっつってんだろ。……まぁ忙しいわな」
鬼の形相で、人気コミックの新刊をビニールで包みながら山科さんが返事をした。
「もっと、穏やかな仕事だと思ってました」
「それどういう意味よ」
ぴたりと手を止め、山科さんが首を傾げる。答えに詰まって、うぅんと唸れば扉が開いて新しい風が吹く。
「おはよう。相変わらず新刊の数えぐいねぇ」
朗らかな声がして顔を上げると、パートの小田さんがエプロンを着けながら入ってきた。
「まぁ今日本で一番売れてるマンガだからね」
私との会話を置き去りに、山科さんがまた手を動かし始めた。
慌てて自分の手に握られた紐を動かし出すと、抑揚の無い声で山科さんが言う。
「どんな仕事も外から見るのと中から見るのじゃ全然違うもんだから」
どうしてか、山科さんの言葉は私の柔らかい場所にグサグサと刺さって仕方がない。
「そうですね、本当に」
「え、なになに?何の話?」
日中、書籍部門を回すのは、山科さんと小田さん、そして私。
人手が足りていないのは明白で、それらをほんのり察して今後の身の振り方を考えた。
「クサカホの戯言にマジレスしてるの」
次から次に新刊コミックを捌きながら山科さんが小田さんを見た。
そしてまだ紐の切られていない女性誌を指さしながら指示を出す。
「小田さん女性誌やって。今日は付録あんまり無いから楽だよ」
「はいはーい。クサカホ今日何時まで?」
朝の忙しい時間、合間に少しずつ距離を近付ける。
日下さんと言うよそよそしい呼び方から数日。気が付くと私は【クサカホ】と呼ばれていた。
初めて呼ばれるその呼び方に、擽ったいような変な気持ちになるのだけれど、どこか心地良さも感じていた。
「今日は四時までです」
「ねぇ〜、今日忙しいんだから口動かすなら手動かしてよ」
「朝ってスイッチ入らないよね」
自分の新しい呼び名に気を取られ、あの綺麗な名前を忘れていた。
業務の流れも一通り教えられた。
今までの本屋に対するイメージが、たった数日で変わる。
「本屋の店員って、結構過酷ですね」
未だフレンドリーに接してはくれない山科さんに、開店前に話し掛けた。
「手を止めんなっつってんだろ。……まぁ忙しいわな」
鬼の形相で、人気コミックの新刊をビニールで包みながら山科さんが返事をした。
「もっと、穏やかな仕事だと思ってました」
「それどういう意味よ」
ぴたりと手を止め、山科さんが首を傾げる。答えに詰まって、うぅんと唸れば扉が開いて新しい風が吹く。
「おはよう。相変わらず新刊の数えぐいねぇ」
朗らかな声がして顔を上げると、パートの小田さんがエプロンを着けながら入ってきた。
「まぁ今日本で一番売れてるマンガだからね」
私との会話を置き去りに、山科さんがまた手を動かし始めた。
慌てて自分の手に握られた紐を動かし出すと、抑揚の無い声で山科さんが言う。
「どんな仕事も外から見るのと中から見るのじゃ全然違うもんだから」
どうしてか、山科さんの言葉は私の柔らかい場所にグサグサと刺さって仕方がない。
「そうですね、本当に」
「え、なになに?何の話?」
日中、書籍部門を回すのは、山科さんと小田さん、そして私。
人手が足りていないのは明白で、それらをほんのり察して今後の身の振り方を考えた。
「クサカホの戯言にマジレスしてるの」
次から次に新刊コミックを捌きながら山科さんが小田さんを見た。
そしてまだ紐の切られていない女性誌を指さしながら指示を出す。
「小田さん女性誌やって。今日は付録あんまり無いから楽だよ」
「はいはーい。クサカホ今日何時まで?」
朝の忙しい時間、合間に少しずつ距離を近付ける。
日下さんと言うよそよそしい呼び方から数日。気が付くと私は【クサカホ】と呼ばれていた。
初めて呼ばれるその呼び方に、擽ったいような変な気持ちになるのだけれど、どこか心地良さも感じていた。
「今日は四時までです」
「ねぇ〜、今日忙しいんだから口動かすなら手動かしてよ」
「朝ってスイッチ入らないよね」
自分の新しい呼び名に気を取られ、あの綺麗な名前を忘れていた。