黎明センチメンタル
レジ操作は難無くこなせるのだけど、不意に目当ての本の場所を聞かれると身体が強ばる。

「お姉ちゃん、まだ売り場覚えてないんか」

常連のおじさんに嫌味たらしく言われて眉間に皺が寄った所で山科さんが口を挟んだ。

「まだ入って数日なのに簡単に覚えられたら私らの立場が無いでしょう」

あまり見た事の無い山科さんの笑顔に、ぶるると震えた。腕を摩ると肌が粟立ち手触りが良くない。

「相変わらず山科ちゃん、新人いびりしてんだろ」

「した事ないですよぉ」

自然と山科さんが私の前に立ち、レジを操作し始めた。

「あ〜、お目当ての文庫は今品切れ中です。お取り寄せしましょうか?」

店頭に無いと知るとおじさんは、ならいいや、と売り場へ歩き出した。その後ろ姿を眺める山科さんに頭を下げる。

「すいません、まだ全然分からなくて……」

「まだアンタにそこまで求めてない」

ぴしゃりと言い切られ、行き場の無い視線を泳がせながらレジに立っていると肩に鈍痛が走る。

「あのねぇ、さっきも言ったけど新人が全部すぐ覚えちゃったら私らの立場まじ無いんだって。辛気臭い顔すんなよ」

私の肩に走った鈍痛の原因、学生の必需品である辞書を押し付けて山科さんが言う。

「学参の売り場。メンテしてきて」

私は私の性格を良く知っている。
何か頼まれたり、面倒臭いと思う事をやらされると嫌な顔をしてしまう。
だけど不思議と山科さんの言葉は私の悪い部分の隙間をすり抜けてくる。

辞書と一緒に押し付けられたハタキを手に売り場へと歩み出す。
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