その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
 フレッドは補佐官に当てがわれた執務室で、執務机に頬杖をつきながら書類をめくっては一べつし、すいと投げ捨てることを繰り返していた。

 床は惨憺《さんたん》たるありさまだ。散らばった紙の束は折り重なって山をつくり、その合間には、ペン先の潰れた筆が何本かとペーパーナイフまで転がっている。机の上にも書類は散乱しており、積み上げた書物は雪崩を起こしている。そのなかで蓋の開いたインク壺が倒れずに済んでいるのが奇跡だった。

 侍従が悲壮な面持ちで書類を拾い上げるそばから、また彼が投げ落とす。複雑な模様を描いた絨毯はいつまでたってもその美しい図柄を見られないままだった。

「おーおー、オリヴィアから連絡が来ないからってすっかり腑抜けだな。仮眠くらい取れよ。屋敷には帰っているのか?」
「勝手に入って来ないでくれ、サイラス」

 ドアにもたれて腕を組む友人かつ同僚に、フレッドは眉を寄せた。

「ノックしたのに気づかない方が悪いぞ」

 サイラスは器用に足もとの書類を避けながら執務机までやってくると、真っ白な封筒を投げて寄越した。応接用の椅子にどっかりと腰を下ろすと、優雅な仕草で足を組む。

「これは?」
 封筒の表には公爵家の紋章が型押しで入れられている。フレッドはそれをつまみ上げた。

「俺たちの結婚式の招待状さ。直接渡した方が早いと思って」
「いよいよなんだな。良かったじゃないか。そうか、結婚するのか」
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