その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
「なに? 熊でも出た?」

 オリヴィアは笑いながら顔を上げる。その直後、広い池の向こうに目が釘付けになった。

 馬が三頭、こちらへ駆けてくる。先頭にフレッド、それからアラン。
 フレッドは目の覚めるような深くきっぱりした紺色のフロックコートに、ひだをたっぷりとったクラヴァット姿だ。遠目でも、そのクラヴァットピンが彼女の瞳の色に似たエメラルドを嵌めたものだとわかる。

 安堵のあまり、オリヴィアの目に涙がにじんだ。

 アランも今日は正装をしている。弟が急に頼もしく見えて、手袋をした指先でそっと眦を拭った。二人はオリヴィアたちの姿をみとめると、何かささやき合いながら手を振る。二人の姿がみるみる大きくなる。

 オリヴィアは手を振り返そうとした。


 けれどその手は次の瞬間、動くことを忘れた。


 彼らの後ろから馬を駆っていたのは、誰あろう、彼女の父親だった。しかも父親も堂々たる正装姿だ。連れて行かれたときとは異なり、父親のそばに兵士はいない。

 どうしてと考えるよりも先に、足が一歩前へ出る。

 フレッドが後ろを振り向き、父親になにか声をかける。父親がこちらに気づき、彼女の名前の形に唇を動かした。


 オリヴィアは弾かれるようにしてドレスをつまみ、三人に向かって駆けだした。
< 164 / 182 >

この作品をシェア

pagetop