その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
「ひゃっ!」

 エマが見ているのに……!
 焦って白い丸テーブルの向こうを見やるけれど、いつのまにか彼女の姿は見えなくなっている。相変わらず察しの良い侍女だ。キッチンに一部を持っていったのだろう、苺の山が低くなっていた。

「うん、旨い。これならきみにも安心して食べさせられるよ」

 フレッドはいたって涼しげな顔で、オリヴィアの指を口に含んだまま苺を咀嚼する。
 自分が動揺しすぎなのだろうか。オリヴィアは思い直し、羞恥をおして強張りをといた。

「フレッドは、これを毎年食べていたの?」

 目を細めて味わうフレッドの姿に、くすぐったい気持ちが膨らむ。オリヴィアは結婚前にアルバーンの家を訪ねたときの様子を思い返した。実の娘ができたと言わんばかりに、オリヴィアを歓待してくれた人たち。あのとき、アルバーン夫妻はどこかほっとしたような顔でオリヴィアを見ていた。

「いや、僕は領地には帰らなかったから。これが初めてだよ」

 フレッドが目を細める。その瞳に、家族との確執に対する負の感情は見られなかった。

 家中に飾られた、王立騎士団の制服を着た一族の写真。その中で一人だけまったく違う道を選んだ彼と、彼を形作ってきたいくつもの過去。

「愛情の味ですね。手を掛けられたのが良くわかるもの。あなたが口にしてくれて、お義母様もお喜びだと思うわ」
「そうかな。今度会ったら感想くらいは伝えておくよ」

 フレッドが口もとをほころばせるだけで、オリヴィアの心にもあたたかいものが広がる。
< 171 / 182 >

この作品をシェア

pagetop