その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
毎朝、出がけに抱き寄せては何度も口づけを落とす。小さな耳のすぐ後ろ、髪の生え際に赤い痕をつけるのも忘れない。彼女自身は気づかないだろうが、彼女に近づく人間なら目に入る場所だ。

 とうにオリヴィアを妻とした今でも、フレッドはそうせずにはいられない。サイラスに零したように、口づけだけでは収まらず、むしろ火がついてしまう日もある。

「……帰るか」

 ぼそりと呟くと、軽い咳払いが割りこんだ。困惑をにじませた宝石商と目が合う。妻の誕生日に宝石を贈りたいのだとサイラスと話をしていたら、ヴィオラ王女が彼女専属の職人を紹介してくれたのである。これにはフレッドも驚いた。まさか、ヴィオラ王女がそのようにはからうとは思いもしなかったので。

 フレッドはサイラスと顔を見合わせた。商人がいるのをすっかり忘れていた。フレッドは栗色の髪をがしがしと掻き、サイラスは意味もなくぴゅうっと口笛を吹いた。

「おいおい、決めないのか? 今から注文しておかないと間に合わないと言わなかったか?」
「そうだな。いや、だが……」

 オリヴィアのことを考えていたら、会いたくて我慢できなくなったのだ。これが「オリヴィアが切れた」状態に違いない。

 しかし腰を上げかけたフレッドを引き留めたのは、それまで黙って見守っていた商人だった。
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