触って、抱いて、もっと愛して。臆病な令嬢は貴公子の一途な熱情に蕩かされました(原題「その身体に触れたら、負け」)
「今年の社交界はその話題で持ちきりだったな。美貌の貴公子が久しぶりに社交界に戻って来たと思いきや、すでに相手が決まっていたってね。今もお前に秋波を送るお嬢さんがいたな。諦めきれないってところか?」

 サイラスがにやにやと笑う。階段を上がりきったところで、向こうから来た侍従に彼が氷と水を届けるように指示した。

「迷惑だし、邪魔だ」
「そこは変わらないな」

 三階まで上がると途端にひとけが少なくなる。階下の舞踏会の様子もここまでは届かない。それに比例するように、内装もぐっと落ち着いたものになった。
二人が突き進む足音も絨毯に吸収される。

「だからさっきはこの目を疑ったぞ。お前がその令嬢にずいぶん執心しているようだったからな。『美しいドレスと宝石を身に着ければ、自分は魅力的だと思っている女の気がしれない』って暴言を吐いていたお前が! よりによってその美貌が売りの女性に夢中だとはな」

 サイラスに続いて、フレッドも彼の執務室に足を踏み入れる。

 案内された執務室はさほど広い部屋ではないが、部屋には重厚なマホガニーの執務机と、応接セットが置いてある。
 キャビネットには酒もいくつか常備されていた。サイラスがフレッドにソファを勧めるとウィスキーを取り出す。

「オリヴィア自身は美貌を売りにしていない。それどころか容姿を褒めると心底嫌そうにする。装飾品にも興味がないんだ。でも笑うとどんな装飾品も彼女には要らないとわかるよ」

 サイラスが間の抜けた顔でフレッドを凝視する。
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